2005年で一番長かったワタシの5日間~(2)12月8日
前日は、何だかんだと準備をして、寝たのが1時前。今日は、5時半前に起床。6時には出発したいところです。
夜中に目が覚めること、2度ほど。寝付けない、、というより、緊張している、、という感じだったか。運転中の寝不足が心配です。普段から、運転中はすぐに眠くなる体質なもので。。
伊豆にはとりあえず、一人で行きます。おそらく通夜は明日でしょうから、息子はこの日は学校にやり、夕方に家内と一緒に来るか、あるいは、明日にするか。
明日だったら、ワタシが一度帰ってきてもいいな、荷物もあるし。
あーだこーだと、考えながら出発しました。
今日は、なによりも、必ず無事に到着する事が大事。安全第一。いつも安全を疎かにしている訳じゃありませんが、今日は特に慎重に。。
9月に、父の容態が悪く、急遽伊豆に駆けつけた時は、「父さん、まだ死ぬなよ~」と思い、かなり焦りながら走りましたが、今日は、割と落ち着いていました。
普段から思っていたのですが、いつか来るであろう、父の訃報に際し、自分はどのような心境でいられるだろうか、、。特に慌てる事もなく淡々としているだろうな、、と思っていたのですが、やはりそんな感じです。冷たい性格なんだろうかな。
道中では予定通り、途中で猛烈な睡魔に襲われ、足柄SAで休憩&仮眠、、10分ほどのつもりが、30分も寝てしまった。。やっぱり冷たい性格?
伊豆の家には9時過ぎに到着。自宅前には、葬儀社の車が数台止まっています。これが現実を感じさせます。
既に葬儀社、近所の皆さん、母との間で打ち合わせが始まっていました。でも、父の遺体の前でやっているんですよね。まあ、狭い家ですから、他にスペースも中々無いんですけど、何もここでやらんとも。
父と体面しました。
穏やかに眠っているかのようです。
顔色も良く、気持ちよさそう。
でも、亡くなっているのです。
そう思うと、こみ上げてくるものがありました。
この時の心境は、、上手く表現する事が出来ません。
悲しいのは確かなのですが、今までに感じた事の無い悲しさ、、とでも、言いましょうか。寂しさのような、虚しさ、悔しさ、、そして、いろいろとしてあげられなかった申し訳ない感覚、いろんな感情がグルグルと頭を巡っていた感じです。
兎にも角にも、父を送り出さなければなりません。
最初は自宅で葬儀をすることを母が希望していましたが、さすがに狭くて無理、、ということになり、歩いて5分ほどの所にある、地区の公民館を借りることになりました。
それでも、自宅に来て頂く親戚もいるでしょうから、庭や各部屋の掃除を始める事に。
掃除をしていると、近所の人が弔問やら打ち合わせに来てくれます。
多少面識のある方もいらっしゃいますから、
「この度はご愁傷様です」
「ありがとうございます」
この”ご愁傷様”と言う言葉を初めて受ける立場になりましたが、これがイケマセン。
セッセと掃除をしている時は、悲しさも紛れるのですが、言葉を掛けて頂くと逆に現実に引き戻されて、ググっと来てしまいます。そこをグッとこらえるのが大変。
葬儀というのは、決めなければならない事が沢山あります。食事の数はいくつだ、遠方から来た親戚の宿はどうする、花輪は何を出す、誰が受け付け、誰がお手伝い、どこでどの食事をどれだけ用意する、、等々、、全てが初体験であり、カタログを見て
「これしかないの?」
「なんだかパッとしない花だよね」
「なんだか高いよね~」
と話しつつも、
「まあ、仕方がないか~」と妥協。
なんだか葬儀社の戦略に乗らされているようにも思ってしまいます。
家の中をバタバタをかたづけます。傍らには父が寝ているのですが、その枕元を掃除機掛けたり、荷物を移動させたり、、。
ふと考えると、そこに死んでいる人がいるという、日常では考えられない光景なのですが、そのすぐそばでは掃除をしている日常と同じ光景があります。日常と非日常が入り交じった不思議な空間がありました。
そんなに広い屋敷でもありませんので、掃除もまもなく終了。葬儀の段取りも済みました。母は田舎やら親戚に電話を掛けています。
「そう言えば、葬式って、椅子?」
「いや、正座だってよ」
「そりゃ、大変だ」
正座の葬式なんて、この10年内には記憶にありません。
「正座なんて無理、足が痺れて立てなくなるわ」
喪主である、母からしてすでにギブアップ。参列する親戚には膝が悪くて正座の出来ない人もいます。
「じゃ、椅子買ってくるわ」
暇でもあったので、車で10分ほどの、ホームセンターに行ってきました。
そこで、折りたたみの椅子と、正座椅子(←正座している時にお尻の下に敷くアレです)を購入。
折りたたみの椅子は、600円くらいなのに、正座椅子は、小で1500円、大で2500円もしたわ。。まあ、仕方がない。小が2個、大が1個しかありませんでしたが、買い占めてきました。
家に戻ってしばらくすると、兄の娘(ワタシの姪っ子)と兄嫁が到着。2人とも、到着したとたんに大泣きしていました。特に姪っ子は、ビービーと大声で泣いてましたな。おじいちゃんの事が好きだったからね~。
その姪っ子が言います。
「おじいちゃんのお棺に入れてもらおうと、手紙を書いてきたんだけど、入れていい?」
お~お~、女の子は優しいね~、、
「そうだ!この手紙を弔辞で読んでもらおうよ。きっとみんな感激だよ」
「いいね~そうしよう」
結構、我が家はそういうノリなんです。
ちなみに、ビービー泣いていた姪っ子は、1時間後には、おばあちゃんにスカートを買ってもらい、ご機嫌でしたが。。
準備も滞りなく、、というか、まあ、出来ることしたな、と言う感じで、今日の所は終了です。ワタシはとりあえず多摩へ帰宅し、明日の午前に家族を連れて来ることにしました。
「じゃあ、お父さん、また明日くるよ」
以前は、声にならない声で
「ああ、ありがとう」
と言ってくれた父でしたが、今日は無言でした。
| 固定リンク
トラックバック
この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/103545/7674335
この記事へのトラックバック一覧です: 2005年で一番長かったワタシの5日間~(2)12月8日:

![: Handball (ハンドボール) 2007年 09月号 [雑誌]](http://g-ec2.images-amazon.com/images/I/113FK1lnYWL.jpg)


コメント